02ひな祭り ひな人形の歴史

ひな祭り ひな人形とは

雛祭りとは、中国から伝来した五節句のひとつで、上巳(じょうし)の節句、桃の節句とも呼ばれています。
上巳とは、古来中国で旧暦3月の最初の巳の日のことで、邪気に見舞われやすい日とされていました。
もともとは中国の宮中行事として上流から流される盃で酒を飲み、歌を詠んで穢れを祓う曲水の宴が行われており、それが平安時代に日本に伝わります。
日本には形代(かたしろ)という身代わり信仰があり、紙人形で自分の体をなでて自分の心と体の穢れを移しとったあと、その紙人形を川に流す流し雛が行われるようになります。
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平安時代には

平安時代の宮中や貴族の女の子の間で雛(ひいな)遊びという紙製の人形を使ったままごと遊びが盛んになります。「ひいな」とは、大きなものを小さくする、小さなかわいいものという意味です。
やがて、これらが結びついて男女一対の紙製立雛が誕生し、時代と共に変遷しながら、江戸時代には豪華な雛人形を雛壇に飾るようになりました。
旧暦の3月3日は今年でいえば3月31日。この頃には桃の花が咲き誇ることから桃の節句とも呼ばれたのです。
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ひな祭り ひな人形用語

【流し雛】
流し雛とは、紙の形代(かたしろ)で体を撫で、それを川に流して穢れを祓う風習が、流し雛になりました。
今でも鳥取県八頭郡用瀬町、奈良県五條市南阿田、兵庫県龍野市など、日本各地で流し雛が行われています。
【立雛】
立雛とは、座り雛に対し立たせるように飾ったので立雛といいます。
初期は紙で出来ているものが多くこれを紙雛ともいいます。
「流し雛」に見られる災厄除けから、飾り崇める方向へ分かれた人形です。
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